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補正下着のハナシ

補正下着のハナシをまとめています。

補正下着の威力を知る・・・の巻

携帯電話などまだない、30年ほど前のお話しです。

ある日突然、会社の後輩だったYちゃんから、電話がかかってきました。
「久しぶり~、元気ですか?Tさん(わたし)のお家の近くに、明日ちょっと用があって行くんですけど、よかったら遊びに来ませんか?久しぶりに会いたいですぅ↑。」

・・・?

親しかったといえば親しかった。そうでもなかったーといえば、そうでもなかったーくらいの元同僚のYちゃん。

でも、せっかく電話くれたし・・・というのもあり、また、長男を出産を機に仕事をやめ、夫の両親と同居の家で主婦していたわたしは、外に出る口実ができたこともうれしかったこともありーで、ノコノコとYちゃんの誘いにのってしまいました。


久しぶりに会ったYちゃんは、会社にいたときとはかなりイメージが変わっていました。

そして、案内されたその場所は、Yちゃんも身に着けていた、(今はほとんど死語とも言える?)派手なボディコンの洋服が並んでいました。

パッと見は、ソレ(ボディコン服)を販売してるのかな?というくらいですが、Yちゃん達の目的はソレではなく、「この下着を着けて、好きなお洋服を着てみて♪」というモノでした。

Yちゃんのほかに、同じような装いのお姉さん方が数人いて、取り囲まれて拒否する術のないわたしは、言われるがままに、頑丈そうな下着を身に着けて、ボディコンワンピに袖を通しました。

鏡に映った自分の姿を見て、ある種の感動を覚えるほどでした。下着でこれほど変わるとは・・・。


結婚前は、胃下垂でいくら食べても体重が増えず、どちらかといえば、痩せすぎでした。
長男を妊娠中に、約20キロ太りましたが、それでもまだ身長からしての標準体重の範囲内くらいで、お医者様に注意を受けることもなく、やり過ごせたほどです。

今となっては、当時のわたしは、世間的にみれば、細くてスタイルいいー部類に入っていたのかも知れませんが、自分自身では、ただ痩せているだけで、スタイルが良いなどとは、微塵も思ったことがありませんでした。
産後に太ったのと母乳が出るのと両方で、ペッタンコだった(と思っていた)胸は、まあまあ標準サイズにはなっていましたが、それまでは、凹凸のない、平べったい板の様だったからです。

補正下着を身に着けたわたしのボディラインは、ボディコンシャスな縫製のままーといっていいほど、美しく女性らしい滑らかな曲線を描いていました。


いったん、補正下着の威力を見せ付けられてしまうと、それを拒絶するほどの大きな問題は、金銭面でしかありませんが・・・。

当時は(あ、もしかして今も?)、毎日着ていくことで、形状記憶ならぬ、美しいボディラインを身体が覚えるーということで、セット売りが主流でした。
後から冷静に考えると、布なのに、消耗品なのに、「修繕していくので、ほぼほぼ一生モノ!」などという、ありえない説得もあって、洗い換えのきく3セットを、専業主婦にあるまじき、巨額のローンを組んだのです。

それでも、鏡の前に立つのが楽しみになるほど、同じ洋服を着ても、補正下着をつけるとあか抜けたので、高額の買い物をしてしまった罪悪感は、ソコまで感じませんでした。


初めて補正下着を身に着けてからは、ソレが傷みはじめて買い替えを考える時期になると、また次の(メーカーの)補正下着がやってきて・・・という風に、補正下着から逃れられない状況に陥っていました。

その間に、なかなか授からなかった二人目の妊娠出産もあり、いくら補正下着を着けていても、体型は変化する一方・・・。

それどころか、無理に前の体型に合わせた補正下着を着けると、締め付けられて具合が悪くなったりもしました。

経済的にも、いつまでも自分のためだけにローンを組み続けるほどの余裕はとっくになくなっていました。

こうして、気持ちが徐々に離れ、補正下着は、わたしの生活の中から消えていったのです。

それでも、当時の高揚感や満足感は、あの時のわたしには、とても大切で必要なモノだったーと想っています。
補正下着とは、自身のおしゃれを楽しむ間もなく、若くして結婚、すぐに母になったわたしの、女心を充実させてくれた、必須アイテムでした。